槍の穂先で鳥をうらやむ

後方の女性の方2名が、あれが小槍の上でアルペン踊りをする小槍か、とおっしゃる。どれの事かと思い、登るのを休止しどれですか?と聞くと、あれですよ、と目の前の尖った穂先を指さす。あれに登る人もいるんですよ、とついでに教えてくれた。世の中には怖いに勝る挑戦したい気持ちの方が強い人がおるのだなあ、としみじみ穂先を見て思う。昔子ヤギの上でどう踊るのかと思っていたが、本当は小槍だったのを知った。本当に小槍を見れて嬉しい。刷り込まれた勘違いとは恐ろしいもので、違うと分かってはいるのに、あの小槍の上で子ヤギが踊っているのを見れたら楽しそう、と想像する。

 

私は登りが遅いので、後方の方には抜いてもらって、ゆっくり登る。2箇所程で、岩のどこに足を置こうか?と思うような取り付き場所が難しい所があったが、槍の上までは初心者の私も難なく登れた。まあ、私は高所に対する恐怖心がゼロであるので、高所がダメな人は気絶ものかもしれないが。

 

長めのハシゴを登りきった先には晴天と360度の山々の大パノラマである。この時間は人が少ないのか、槍ヶ岳の看板を持ち写真を撮る列も短い上に、各自ゆっくり写真を撮ったり撮ってあげたりできた。私も3枚くらい後ろの人に撮ってもらったが、後で確認したら全部目を瞑っていた。ほげえ!と最初はガックリしたが、逆におもしろくなってきた。これは今度は目を空けて撮るためを目標にまた槍ヶ岳に来ようと思えるではないか。

 

しかしこの景色のなんと素晴らしい事。手を広げて飛びたくなる。やっぱり鳥は凄いよなあ。この空を飛べるんだから、羨ましい。鳥好きが本気で鳥になりたくなってる。槍から下りる時は怖いかな、と思っていたら登りより全然怖くなくて、むしろ楽しかった。

 

槍ヶ岳山荘の前で休憩し、双六小屋のお弁当の残りを食べていると、ツアーの女性の団体が下山の為に動き出している最中だった。何人かの人が、ありがと〜、槍〜、と槍に拝んだり手を振ったりしている。ああ、本当に来れて嬉しい、と言ってる人もいる。さっき槍の上でも女の人が一緒に来ている男の人に、ありがとう、やっと槍に来れた、連れて来てくれてありがとう〜、私だけだったら絶対無理だったよ〜、と言ってるのも聞いた。

 

なんかそれぞれの特別な槍への思いが感じられて私も聞いてて胸熱である。しかしツアーでもなく、団体でもなく、槍に登りたいというお気持ちだけをお共に、1人で登って来た私は、どうやらわりと色々お強い人間なのかもしれぬ。

 

さあ、あとは下山だけである。槍ヶ岳、また来るからね、今度は目を瞑っていない写真を撮るために。あと、日焼けしたくないばかりに徹底した防御を行った為、なんか工事現場の兄ちゃんみたいな格好になってしまったので、今度槍に登る時はもう少しオシャレ登山服で登ろう。

 

下山は結局7時間かかった。自然をこよなく愛する私もさすがに、はあはあ、人工物はどこかね?人工物が見てぇー!!とプチ遭難者の気持ちになったし、とうとう人工物が見えた時は、くはぁ!見える!見えるぞ!とムスカぽい気持ち悪い喜びの声が出るくらいは永い下山であったわ。