ただ単に疲れた日記

先週は新潟まで火打山妙高山のテント泊縦走してきた。初めてのテント泊、グループ登山、楽しかったけどやっぱり私にはソロが向いてるね、と1億回目の認識確認。連れて行ってくれた人、千さんの運転が死ぬほど注意散漫&スピード出すので生きた心地もしない上に周囲のテントのイビキ、強烈な寝っペ爆音に会い寝不足、ハードな山行きとなり楽しかったが、グループでのテント泊はまあしばらくいいや、となった。

 

それで週明けての2泊3日の東京出張である。お家が恋しい。我が愛鳥は寂しがっていないか、と新幹線のレールの上でポップコーンを取り合う雀を見て思う。ジョギングする服を持ってきていないので、皇居の周りをグルグルジョギングするホモ・サピエンスの群れに混ざってウォーキングして歩数を稼ぐ。へえ、夜のビルはなんか生き物みたいだなあ。生き物の存在が無いとわたしゃ生きていけないが、もし都会に住む事になったらビルを巨大な生き物として生きていこう。

 

心のエネルギーがここのところの人とのコミニュケーションの多さで疲れてしまった。研修でもしきりにコミニュケーションが大切だと言う。その通りであるがこちとらコミニュケーションすると古くなったバッテリー並にエネルギーがものすごい勢いで減っていくんだよお!

 

今週末は飲み会またあるし、もう絶対来週はゆっくり古墳と山と鳥と宇宙の事しか考えない。

函谷関に比べたらバブちゃん

子供の頃の夢は沢山の動物に囲まれてムツゴロウさんのように暮らしたいというのが最初の夢だった。その内遺跡を掘って研究する考古学者に憧れた。その後は宇宙とは何かを研究する宇宙物理学者に憧れた。それから生命とは何かという疑問が湧いて生物学者にも憧れた。ただし根っからのナマケモノアンドベンキョウキラーイノプラスアキショウだったので、憧れたナニモノにもならず今社畜やってる。

 

今は古墳時代に並々ならぬ興味が湧いているが何故か弥生時代を調べている。何かよい本はないか探してる。古墳時代なのになぜに弥生時代なのか。古墳時代調べてたらいやこれ弥生時代からの歴史から追わないと色々わかんねえーや、ってなったのだ。やばいのは縄文時代も追わなきゃな、と思ってるので古墳時代を本格的に調べ始める前に飽き性が発動して1番知りたい古墳時代にたどり着けないのではないかと危惧している。

 

部下の太郎が古墳時代より遙か以前にあたる物語り、キングダムが好きで映画では本当は函谷関の戦いまでやって欲しかった、と言ったので、ああ函谷関ね、あの歌のね、と言ったら、なんですか歌って?と聞き返された。衝撃である。箱根の山は天下の剣〜函谷関もものならず〜の歌を知らないのか!ばかもの。仕方がなく歌ってあげたがやはり知らなかった。

 

これは合言葉に使えるから、この歌を知ってるかどうかを試すには相手に、箱根の山は?と聞くんだよ、それで「天下の剣」って言ってくれたら歌を知ってる人だから、と言って太郎に色々調べて貰ったら確実に30代は知らず、40代は知ってて50代になると知ってる人と知らない人がいたりいなかったり。いやいや、部下に仕事やらせず何の情報収集やらしとんねん。と自分つっこみ。

 

しかしあのなんか1度聞いたら忘れられない歌、知らない人多いんだなー。名曲だから若い子にも音楽の授業で歌って欲しい。

 

うちのお姉様など、私は、函谷関もものらず、までしか覚えていなかったのに、その続きのばんじょうのやま〜せんじんのたに〜って鮮やかに歌ってくれたので、思い出し&懐かし!!となって大笑いしてしまった。

 

箱根の歌が耳に残って、夏の青空見てたら何故かとおいとおい昔の子供の頃の夏休みを思い出して懐かしさでエモくなってしまったわ。随分遠くまで来たと思うけど、いやいや古墳さま弥生さま縄文さま函谷関さまからの時の経ちように比べたら私なんてまだ産まれたばっかだな。バブー。

 

 

世紀の安売り

キトラ古墳の朱雀が限定公開中であったので、車をビュンと走らせて見に行く。朱雀は方位は南、色は朱、季節は夏を意味するらしく、青春の次の年代は朱夏というらしい。そうすると私は朱夏もとうにすぎ、白秋であるなあ。あと夏に夏を表す朱雀を公開するなんて、粋な計らい。過ぎてしまったが春には青龍を公開していたようだ。次は冬の玄冬、玄武を見に来よう。

 

キトラ古墳のキトラの意味は諸説あるらしく盗掘穴から覗くと亀(玄武)と虎(白虎)が見えたから、とか地名の北浦が訛ったとか色々だけど、私はこういう由来が失われてしまったけど大昔の何かのストーリーの痕跡が感じられる名前が大好きである。1000年も前の歴史が話は失われたけど、音(名前)だけ残っているのは最高に想像を掻き立てられるではないか。地名なんてそんなモノばかりであろう。

 

その後は橿原考古学研究所付属博物館に行って展示物を眺め、最後に箸墓古墳を見に行く。箸墓古墳は最古の前方後円墳と言われている。それまでにも前方後円墳に近い形の古墳はあったが最終形態として完成された前方後円墳では最古らしい。ヱヴァンゲリヲンとかでいうと何式だろう。いや、それ以前のが前方後円墳プロトタイプで、箸墓古墳前方後円墳初号機だな。

 

箸墓古墳宮内庁が管理する陵墓だから墳丘には立ち入れないので、ゆっくり古墳の周囲を歩く。さすがに完成系なだけあって、前方部から後円部に繋がるクビレがめちゃくちゃハッキリ分かる。美しい。素晴らしい。被葬者はヤマトトトヒモモソヒメで、墓の名前の由来は旦那はーんがちっちぇ蛇だった事に驚いて尻もちついたら運悪く箸があって陰部にぶっ刺さり死んだという由来かららしいが、いや、神話酷くない?誰だよこの神話書いた作者。

 

箸墓(はしはか)というなんか儚げなヒメさまの儚げなストーリーを思い描いちゃいそうな名前だし、この美しい古墳のフォルムからは想像できないヒドイお話しじゃないですかい。まあ、古事記日本書紀なんてそんな話ばっかりぽいけど。

 

考古学的には卑弥呼の墓かもよ?説もあるらしい。説自体に白黒付いてないのに駐車場にはヒミコの庭って書いてあっておもろい。

 

先にみたキトラ古墳古墳時代の終末期の古墳なので、今日1日でハジメとオワリを見たのだな。その間約400年くらい。キトラ古墳鎌倉時代に盗掘に合ってて、キトラ古墳が出来てから盗掘されるまでが大体同じくらい400年か500年くらいか?歴史って当たり前だけど永いなあ。その間キトラ古墳の四神、獣面十二神像、天文図に囲まれて眠っていた被葬者はどんな人だったのだろう。素敵なお墓作って貰えていいなあ。

 

盗掘にあった時、ちょうど南側の朱雀は盗掘の際に開けた穴から上手いことズレていたので、今回私も朱雀を見る事が出来た。盗掘穴がど真ん中通ってたら本日私は朱雀に出会えなかったであろう。朱雀は私が山で会うヤマドリによく似ている。一緒懸命走ってる姿で何とも愛らしや。鳥が好きなのでなお愛し。

 

人間の寿命など所詮1世紀。でも古墳とか遺跡とか、何百年何千年も昔のモノに出会うと、なんか過去にも今にも未来にも自分がいて、不滅性を感じれるからお得である。まだ半世紀足らずしか生きてないのに、何世紀か生きた気持ちになれるからお得としか言いようがない。スーパーの半額シールと同じようなホクホク得した気持ちになれるのじゃ。

浦島太郎九死に一生

課長となったといえど部下は1人のみ、あとは派遣さん達である。部下は色々さっさっと仕事をこなしてくれてありがたやー。部下と上司というより、女性管理職を今の5倍にしたいというメスならネコでも管理職に据えようとする会社の地引き網にまんまと引っかかって陸に水揚げされた魚を可哀想にと哀れんで助けてくれる浦島太郎と魚の関係である。

 

その浦島太郎、登山が趣味なので色々登山の話で盛り上がれる。私がまだ登っていない劔岳も登ったりしちゃって、でもその割には絶対テント泊なんて重くてやりたくないですね、とあくまで登山エンジョイ勢である。辛ければ辛いほど燃え上がる根性のみで登る昭和な登山スタイルの私と明らかに方向性が違うのである。体力も技術も無いのに根性だけで先週も穂高岳に登ったので1週間経とうとするのに筋肉がやられて曲がるという動きが制限され、ロボットのような動きしかできない。いや、今どきのロボットは関節するするするなので、むしろロボット以下の動きしかできぬ。

 

それで、登山の話で私は今年テント泊デビューするのじゃよ、しかし雷が怖くてね、という話をしていたら、浦島太郎の君、僕雷が下から上に上がってくるような中を稜線歩いたことあるし、なんなら噴火経験してるんで雷はそこまで怖くないですね、とサラッと聞き逃せないことをのたまう。はっ?噴火?噴火ってあの御嶽山の噴火の時のこと?!と聞くと、そうですね、僕あの時丁度9合目以上にいました。と飄々と言うではないか!

 

いやいや、待て待て、よく生きてたな!と言うと凄かったですよ、ドーン!!と噴火したと思ったら噴煙が来るから急いで山を駆け下りて近くの避難小屋に入ったはいいけどめちゃくちゃ熱い黒い噴煙が入ってきて、服で肌や口を覆って、それでもむちゃくちゃ熱くて、避難小屋の屋根にはバンバン噴石があたるし、とうの避難小屋は掃除道具入れ大きくしただけみたいな小屋だったから、友達と、もうここでじっとしてて死ぬくらいなら思いっきって駆け下りよう、って言って噴石落ちてくるなか小屋を飛び出して山を駆け下りたんですよ、と話してくれた。

 

その情景が浮かんで、聞いてるだけなのにこちらは汗がダラダラ出て震えてしまった。

 

だから僕は基本的に火山は登れないですね。焼岳とか、御嶽山も。まあ最近はもう10年も経つし解禁してもいいかな、とは思いますけどその当時は数ヶ月は噴火に合う夢を見てうなされてましたからね、とのたまいたまふ。

そりゃそうやろなあ。あの噴火は水蒸気爆発で噴火の程度はそこまでではなかったのに死者が多く出た。まだ見つかっていない人もいる。

 

御嶽山を見ると自然と手を合わせてしまう。美しいのもそうだが沢山の人の冥福を祈らずにはいられない。

 

浦島太郎くんに、九死に一生だったね。その経験してればよっぽどの事にビビれないね、というと、そうなんですよ、といつも通り飄々として笑いおったわ。

登山は産むもの

穂高山荘に泊まって奥穂高岳に登ってきた。山荘は縦走の中間拠点に使われる為泊まってる人はガチ勢が多い。一緒の部屋になった女性2人ずつのパーティーも登山歴を聞くと相当長い。色々登山の参考になる事を聞かせてもらえた。北穂は縦走じゃなくて直登なら危険は少ないから奥穂登れたなら登れる、表銀座も歩けるよ、など。縦走ルートに表銀座裏銀座ってつけた人、ネーミングセンスあるよなあ。

 

今回の登山はめちゃくちゃキツかった。上高地から一気に穂高山荘まで行くのは体力に自信がある人のみで、大体は途中の山荘で1泊するのだ。おまけに昼から雷予報であったので、昼までに山荘に!と思ってペース上げて登っていたら涸沢についた時点でプッツンと体力が切れてしまった。そこからは5メートル進んで3分休むみたいな感じでゆっくり登った。空気が薄い影響か低山ならひょいひょい登れる勾配が、1歩足を出すだけで息が切れる。全然ゴールが見えてこない。

 

あまりに辛くて、いや何で私登山なんかしてるんだ?という気になってきた。なんでだろう。苦しくても1歩ずつ進めば絶対山頂に着く、と保証されている事が良い。あと苦しい期間も保証されているから良い。山頂着くまでですよ、と明確である。

 

すれ違う下山してる人がみんな優しく声かけてくれるから気持ちを奮い立たせて登る。マジで失礼だが私より年配の方達ばかりなので、この年齢の人たちも登ったんだ私に登れぬはずは無い!と気持ちの奮い立たせかた、性格わろしである。

 

次の日は奥穂高岳に登った。ご来光を見たくて暗いうちにヘッデンをつけて雨で滑りやすい岩場をわりと風の吹く中登った。怖いよりもワクワク感がすごい。山頂は霧に覆われてガスガスだったけど寒さに震えながら粘る事30分。霧が晴れ雲が切れて美しい山々と雲海が朝日に照らされ息を飲む美しさだ。登山しちゃうのはやっぱりこの瞬間が好きなんだろうな。恐ろしいほど美しいけど冷たさも感じる景色。この景色の前では人間は間違いなく等しく平等だ。ただそこに存在しているだけのモノ。何となく死んだらあの景色の方側に行くのだな、と感じちゃう、怖い美しさ。そら山頂に祠祭りたくなるわ。下山する前に手を合わせておいた。

 

しかし今回も女一人でというのはそれもわりと若め(登山ガチ勢界隈基準)なのは珍しいのかもしれぬ。一人で?と聞かれるしそうだと言うと、すごいね一人で、と言われる事が多かった。一緒に登ろうと言ってくれる人もいるにはいるが、悪いが奥穂は一人で登りたかった。自分とあっち側との逢瀬のお時間なのである。邪魔されたくない。

 

昨日登山キツ〜楽しくねえ〜って思ってたのに今日はもう次のお山どこ登ろうか考えてる。うちの母がお産の陣痛が苦しすぎてもう子供なんて要らない、って思うのだが生まれてきたら可愛くて可愛くて、また産みたくなっちゃった、って理由で5人も子供を産みなはれたのであるが、それと同じであるな。ほんぎゃ〜美しい景色生まれただべ〜って瞬間が一気に苦しさを忘れさせてくれるため、懲りずに産みにいくのであるな。

 

 

承知しましたをやめる時

とうとうこの時が来てしまった。外堀を埋められまくってはいたが、いや、まだ籠城出来る、まだいけると現実逃避していた。しかしやはり管理職になる事になってしまった。別室で部長に伝えられたのだが、嫌すぎて、うわあ!!マジか!!いや無理無理!!無理過ぎい!と大声で素で叫んでしまったので、常から私が管理職になりたくないイキフンを出していた課内メンバーにはその叫び声だけで私が何になったか分かってしまったようだ。

 

私は脳内お子ちゃまだし、学歴学力知力全てが無い無いずくしの世間知らずなのにどうしてこうなった。早速部下に泣きつき、私はこの課を回していくだけの知識もないし課としては人出もないから、まずは成果を求めず地道に一緒に勉強して行こね、と言っておいた。

 

目下の戸惑いは、なんか管理職になると机がでかくなるようだ。何その差別。つーか日常業務やってる派遣さんの方が資料とか多いからむしろそっちが机でかい方がいんじゃね?と思っちまう。管理職なんてパソコン1つありゃいーじゃん。何故に机デカくするわけ?と早くも違和感。大体わたしゃほとんどのこのフロアの人がパソコン画面2台持ちのデイトレーダーみたいなスタイルでやってる中、いやいや、私のような下賎なものが2台も画面を賜るとは身の程知らずも甚だしい、と思い1台でやってるような自己肯定感低低人間なのだ。そんな人間がでかい机を賜るとは、今すぐノコギリで切って半分誰かに譲りたい。

 

あと目下の悩みその2。メールで承知しました、を多用する人間なのだが、ある時から役職が上がり始めて、こ、これは役職下の人に承知しましたを使うのはおかしいよね?と思いはするが、いやいや、役職ついた途端、了解しましたに変えるってなんか、こいついきなり偉ぶってんじゃんて思われない?とか、こいつはワシより役職下だな、とか上だなとかで文章変えるなんて、なんか嫌だなー、とながらく、差別化せずにそこら辺の虫にだって承知しました、で通してきたのだ。しかし管理職になってしまったら、さすがに承知しましたは、メール相手に違和感与えまくりかもしれぬ。しかしいきなり承知しましたから了解しました、とかに変えると私の中のオーディエンスが、おい!こいついきなり偉ぶってやんよ!うわー、マジか〜ださ〜!!と脳内でザワつくのが目に浮かぶ。シャラップ!これは管理職を演じてんだよ!って脳内でオーディエンスとケンカしながらメールを打たなければならなくなる。

 

うむ。これは優しい隣の優秀課長に明日悩み相談しよう。そなたは承知しましたを役職下のものにもつこうてごじゃる?と。

 

管理職の悩みとしてはくだらなさすぎて痺れる。

蒸し、虫、無視

奥穂高岳に1日で登り2日目は下山のみ、という計画を立てたので、それまでに体力を作らなければならない。なんと行っても体力が奪われるのは暑さである。だからこの時期わざと低山を散歩したり登山したりする。夏の低山の不快指数は200%、それを滝汗をかきながら登る事を繰り返していると身体が夏の暑さに慣れてくる。

 

それで昨日も裏山をふんふん散歩していたら、3年連続蜂の巣取りのおじい様方に出会った。必ずこの時期に3人ほどでこの山にやってくるのだ。細い竹の先にイカをつけたものを何本も手にしている。あれを等間隔で山道にぶっ刺しやってくる蜂を待つのだ。蜂とりですか?と聞くと、そうや。でも肝心の蜂がいない、と言う。私が通る前に1回おびき寄せをしたのに来ないのであろう。だから場所替えをしているようだ。

 

他にも(山の中に)人いるか?と聞いてくるので、今日は山の中私以外誰もいないと思います、と言っておいた。こんな雨上がりのくっっっそ暑く虫も多い蒸し蒸しした里山を誰も好き好んで散歩などせぬであろう。そんな物好きは私くらいだ。

 

初めてこのおじい様達に出会った時は何をしているのか全く分からなかったが、蜂をエサでおびき寄せ、寄ってきたら目印をつけ、目印をつけた蜂を追いかけ、巣を見つけ、見つけた巣を持ち帰り、秋まで育てて巣の大きさを競い、蜂の子料理にして食べる、という事を教えてもらった。

 

ヘボ料理というものが、隣県と我が県の一部の地域で行われているのは知ってはいたが、私はそれはキイロスズメバチが対象かと思っていたが、クロスズメバチだったようだ。黒い小さなハエを細くしたようなスズメバチのようだ。

 

おじい様達について行って、蜂の巣をゲットするまで一連の事を見させてもらいたかったが、怪しいヤツ過ぎるのでグッと堪えて帰ってきた。あと地味に水筒の水が切れてしまった。夏の低山の水切れは命の危険さえある。すぐに家に帰るしかなかったのだ。来年もまた来るだろうから来年こそは見せてもらおう。その時はよろしくです、千ちゃん寅次郎さん、ノブちゃん。外見からテキトーにお爺様達の名前を付けて脳内で話しかけておいた。

 

夜は娘がカラオケ行きたい、というのでカラオケに行く。すると流れてきた映像で山の中に白いワンピースをきた女人が物憂げに立ってるシーンが流れてくる。

 

私の中のお山警察が笛を鳴らす。はいはいはい!!あ、り、え、ま、せん!!!夏山でこの格好したらダニ、蚊、ブヨ、刺されまくり!下手したらマムシがガブリエル!こんな格好で森林に入るやつは頭がおかしい!長そで長ズボンっっ!!今日の蜂取りのおじい様達を見習えっっ!!てなっちまった。

 

マイクを持って叫ぶそんな私を娘はガン無視して曲を選んでおったがな。

 

山に入る時はファッションなどというものはいったん桃にでも入れて川に流して、肌を守る服装で入りましょう。山警察の独り言オワリ。