稲佐の浜で拾うなら

来月友と夜行バスに乗って出雲への旅をする事になった。古墳好きとしては出雲はワクワクする。古墳が古墳になる前の赤ちゃん、四角突出型墳墓ちゃんが見られる墳墓群もあるし、出雲大社も松江城も石見銀山、石見神楽も見なくちゃ!と計画を立てようと思ったが距離的に全然1日では足りない。友の希望の出雲大社と私の希望の古墳の赤ちゃん、それに灯台くらいで終わりそうだ。

 

どちらにしても行くなら友に出雲大社とはちゃんと神話の時代から説明してあげないといけない、という頼まれてもいないのにウンチク垂れる気満々である。いつぞや山の辺の道を散策しながら妹に古墳のウンチクを聞かせていたが、いつの間にか妹が消えたと思ったらしゃがんで4葉のクローバーを摘んでいた事があったように、友も私のウンチクを聞きもせず海岸で貝でも拾ってそうだ。だが諦めぬ!

 

という事でまたもや古事記を引っ張りだしてきて入念に読む。やっぱ古事記おもしれえや。大体出てくる神様がフツーにヤバいやつらばかりである。なんでそんな短気で考えなしで性欲まみれで浅はかで残酷なの&バカなの、ってツッコミたくなる。これに作られた日本ってどーよ?って思うがなんか神でこうならうちらもテキトーでいいか、ってなるくらいは安心できる。

 

そんな感じで楽しく読んでいたところ、私が中古で買った古事記は古い本で全3巻なのだが、3巻の最後に短いあとがきが書いてあり、それを読んだだけで涙が出てきた。

 

何この短い文だけでめちゃくそドラマを感じる文は〜泣けるだろう。そこには夫婦愛、研究者とし最期まで人生を全うした姿、教え子たちとの師弟愛などを想像させるに十分なあとがきである。いや、マジでこれドラマにできるよ、もう。

 

あとがきには自分の体力が衰えて3巻の執筆が思うように進まず、教え子の力を借りて完成に至ったこと、その2人の教え子への謝辞、その後には完成を強く望んでいた妻の献身が夫婦2人の思い出になる事を書いており、口述筆記と書いてあるので気になって経歴を見るとそのすぐあとに亡くなられているではないか。

 

尊すぎて涙と共に血反吐吐きそう。うっうっ。この本を中古で買ってすんません。どうにも読みやすく、丁寧で面白いと思っていたが貴方様の貴重な一生の知識や愛が込められておいででしたかあ!!

 

って、最近あとがきとかで感動させられる事多いな。というか昭和初期ぐらいの人達って「信念」ていうものがハッキリクッキリあってそれに感動するんだろうなあ。

 

今の時代どこにも私含めて誰も「信念」ていうものがなくて、どこへ行ってしまったの、信念さん。てなっちゃう。

 

出雲の稲佐の浜辺にでも落ちてたら拾ってこようかな。

気持ち悪いでござる

久しぶりの出張。新幹線に乗っているとこのままいつまでもどこまでも乗っていたくなる。富士山は今日は雲を被っている。仕事したくないでござる。 

 

部下の太郎がこの前の二次会で〇〇くんと派遣のネッコさんが付き合ってるのを、2人がひた隠しにしている話で盛り上がったんですよ、と話しかけてくる。2人がいつも有休が被っている事を怪しんだ他の派遣さん達が付き合っていることを嗅ぎつけたらしい。私など数ヶ月前、別の情報網から、〇〇くんが派遣さんと結婚前提で付き合ってると聞かされても、あっ、そう。良かったね。的なもので相手の派遣さんが誰なのかなどまったく興味がわかず、その日にその噂を聞いた事自体を忘れたくらいなのに、みんな何故に他人の惚れた腫れたを知りたいのであろう。あと誰が仕事休んでるかなんて、1ミリも気がつけれない私としては、2人の有休が一緒って気がついている他の派遣さんたちの他人への興味がもはや私的にはホラーである。

 

ただ私などは一点集中型であるので、その他大勢に興味を向ける事はないが、これぞこれぞと思った人には並々ならぬ興味を向けるストーカー体質でもある。最近川端康成の本を読んでいるのだが、まったくなんと解釈してよいのか分からない話ばかりである。これは私の理解力の無さの為せる技。読んだあとにハテナ?が1000個くらい飛ぶ。大体張り倒したくなるような男ばかりが主人公なのだが、その中で「みずうみ」という本も主人公の男はやはり張り倒したくなるような男なのである。が、様子のおかしさ気持ち悪さが強めであるので、他の話より面白く読めた。なんじゃこやつ。と思いつつ、私も並々ならぬ興味を持った人にはこういう事しちゃうかもなあ。と思うのだ。

 

ただそんな興味はあとにも先にも小学校の片想いの相手Y君だけ。Y君がインスタとかやってなくて良かった。絶対インスタでモニター、見張り、護り人、セコム、またの呼び方、ストーカーしちゃう。まあ、たまに所属している大学の教員情報をみて、あ、まだ准教授か、早く教授になれるといいね♡ってキモい行動はしているがな。

 

Y君が過去好きすぎたせいで貴重な青春時代にかなり癖が曲がってしまった。顔はいいし頭はいい、好きな人だけにしか優しくないって漫画の主人公かよ。ちなみにY君の好きな人は私ではなかったので、私自体は興味のない冷たい目を浴びせられるのみであったがな。書いてて悲し。

 

「ねえねえY君、今までに死にたくなった事ある?」って聞いたら「あるある。」「私もだよ。」って会話をしたのを覚えている。あの時のダークな苦しそうな顔。ご馳走かよ。じゅる。

 

小学校の時に出会った男の子が最高に自分の癖に合致したため、その後あんまりみんながハマるようにはアイドルにハマったり、その他大勢の他人に興味を向ける事ができなくなったのかいな。基本的に私はあまり人の外見には囚われないほうだ。それより頭が良い人が好きである。理系だったらなおよし。研究者と結婚したいくらいだった。

 

母に私は学者か獣医かそういう頭のいい人と結婚するよ!と言ったら、そういうのに限ってくたびれた平凡なサラリーマンと結婚するんだよ、と言われたがまったくそのとおりになった。それで全然今幸せだから良いのだが。

 

他人へ割く興味は小学校から結婚するまでずっとY君に割いてしまったので、今更それ以外に割く興味は雀の涙ほどですわ。誰かの休みを把握するなんて気持ち悪い事できないわ。というか全然それより過去の私の方が執着すごくて気持ち悪いでござる。と帰りの電車で思いました。

 

願わくば花の下にて静寂を

息子さんが東大に通っているカッチョさんと飲み会で話す。様子がおかしいと思ったのはいつ頃なの?と聞いたら小学3年生の頃らしい。息子さんの本読むスピードが漫画ぐらい速くて、読んでないじゃないかと突っ込んだところ、全部読んだよと言い内容もしっかり記憶していたのだという。大体の人が文字を読むとき頭の中で声を出し字を読んでいるが、息子さんの頭の中はまったく無音のようで、開いた時に1ページの情報がざっと入ってくる速読機能付きの脳だ。うらやましい。

 

しかし、めげることはない。うちの息子も様子のおかしさでは負けていない。なんてたって親が血反吐を出しながら月4万円も出して数学の家庭教師をつけたのに1年後のテストで18点を叩き出す、最強の脳をお持ちだ。完全に家庭教師のトラ〇アルを敗北させ、家計を火の車どころか木炭の車にした。それで理解したのだ。息子の脳は数学を理解するという機能を完全に削ぎ落としたエコな脳になっている。いわば脳のエコノミー版である。何の機能に特化したエコノミー版かは開発者の親でも分からないが、それは神の秘匿情報のようで未だに隠されている。

 

飲み会は楽しかったが二次会は行かずに帰る。お酒が飲めない体質にてお茶ばっかり飲み、そうすると夜はカフェインで大体眠れない。眠れても浅い眠りだ。仕方ないので飲み会で聞いた色んな人の色んな趣味の事を考える。私は人の趣味の話を聞くのが好きだ。趣味を聞かれるのも嫌な人はいるだろうが、大体の人はイキイキと自分の趣味を話してくれる。

 

お菓子を作ってホームパーティ、朝から晩まで映画館で映画三昧、バスケ、登山、国内旅行、海外旅行、ショッピング、釣り、などなど。無難な趣味ばかりだが、朝から晩まで映画館で映画三昧とかいう様子のおかしい趣味を聞くと、拾い物をしたような気分になる。大変良い趣味だ。私もマネしようと思う趣味を聞くとワクワクする。

 

私も趣味を聞かれた時は無難に登山、と言っているので、本当はみんなもっと私がワクワクするような様子のおかしい趣味を持っているのかもしれない。ちなみに私は鳥見はともかく、鳥の羽集め、鳥の巣集め、古墳巡り、アニメクソほど見る、あたりの趣味は相手の様子のおかしさを見極めて開示している。

 

今日は兄の一周忌だったので兄の息子、私にとっては甥達に久しぶりに会った。兄は離婚していたので疎遠な甥であるが、立派にオタ活している素晴らしい甥達。アニメ今期何見てるの?と聞くと攻殻機動隊というので、がっしり握手をし、絶対神山監督のテレビシリーズも押井守監督の映画版も履修するのだぞ、と素晴らしい助言をしておいた。

 

私の父母は兄が亡くなった秋が来るのが嫌らしい。ただでさえ秋は物悲しく寂しいものなのに去年の惨事を思い出すからだろう。私はそれなら春の桜の季節にこの世を去ろう。残された家族が物悲しい思いにならないよう、春のうらららら〜とした明るい季節に。西行法師の詩、願わくば花の下にて春死なんの通りに。130歳で。でも130まで生きたらそもそもその季節が来ると物悲しさと共に私を思い出してしまうほど惜しまれる事もないような気がする。いやでもなー、ニュースにはなるよ、130まで生きたら。それで西行法師の詩のように死にたいと生前から仰っていたようで、その通りこの世を去られたという事で大変幸せな人生だったと玄孫の〇〇さんのお話しです、って言われるわけよ。ちなみにまったく仏教徒ではなかったのになんで西行法師やねん、という玄孫さんがツッコミんでおりました。って感じも言ってほしい。

 

こんな想像ばかりしているので、脳内はいつもうるさい。東大息子さんのように静かな脳内に憧れるなあ。

ナメクジの殻

おもちゃが好きだ。机の上には何かしらおもちゃがおいてある。今はあひるコースターとアサリの水鉄砲で、以前はコマや魚釣りゲームであった。100均のあひるコースターは姉も妹も母までも欲しいというので、近所のSeriaはあひるコースターの買い占めにあっている。

 

以前から思っていたが我が姉妹は同年代より子供ぽい。大人女子が好きになるようなアクセサリーや服、カバン一切興味を示さず、細々として可愛いらしいものや、おもちゃなどを集めたりして遊んでいる。

 

あひるコースターのあひるは黄色と緑色で、黄色の方をキイちゃん、緑をミイちゃんと100均の製品に似つかわしすぎる安直な名前を付けて、会社で嫌な事が会った日などはカチャカチャコースターを操作し、階段を登ったり滑り降りたりするキイちゃんとミイちゃんに永遠に愚痴っていたりする。

 

昨今は何でもAIに相談するようだが、その点私は手動エネルギーであひるを動かし、悩み恨み辛みを聞いてもらっているので電力も使わず大変にエコでサスティナブルで持続可能でスマートでエクセレントでワンダフォ〜である。まあAIと違って返事はあひるが階段を登る時のカチャカチャ音と滑り降りる時のジャージャー音だけであるが。

 

子供達にも是非にとあひるコースターをやってみろ、と勧めるのだが、あひるコースターの出す甲高い音が耳障りで嫌だという。私にはその甲高い音が聞こえない。子供より子供ぽい行動をしていても、耳は立派に年をとっていてモスキート音のような高い音は我が耳に届かないようである。悲しい。あひるコースターで歳の差を感じるとは。

 

私は今も寝るときはお気に入りのタオルケットをモミモミクンクンして寝ており、ブランケット症候群というらしいが、あまり精神的に子供すぎるのが心配になって、これはアダルトチルドレンとかいうやつだろうか、と心配になりネットでテストしてみたが、フツー、て感じの回答だったので安心した。そもそもアダルトチルドレンだったりブランケット症候群だったとしても100均のおもちゃや小汚いタオルケットで幸せになれているのなら何ら問題ないような気もする。

 

幼き頃、子供はいつになったら大人の考え方になるの?と思っていたがあの答えはいつまでも子供のままだよ。ただそれを包む殻みたいのができたら大人なんだよ、って幼き私に言いたい。その点私は殻があんまり上手にできていなくてナメクジ状態なので、塩かけられると一気に溶けちゃうような気がする。それを守るための小汚いタオルケットやあひるコースターなのかもしれぬな。

 

 

 

ぼっち妄想

お盆休み最終日近くに精霊送りを見に行った。メラメラ燃える炎が空に高く舞うのを見て去年亡くなった兄の事を思って泣けるだろうと思っていたが、如何せん炎が激しすぎて爆竹も鳴るしで興奮して楽しんでしまった。

 

そういう時には泣けないのに夕暮れにジョギングしていて綺麗な夕暮れを見ていたら泣けてきてエンエン暗がりで泣いてたら後ろに人がいたりする。なかなか大のオバサンがエンエン泣いてるところ見れないから貴重なもの見れたね、君たち、って言えるはずもなく恥ずかしくて早足で逃げる。田んぼにかかる夕暮れ、稲穂を揺らす風の美しさときたら田舎が本気出してこちらを泣かしに来ているようなものだと思うけど私だけか?というかもうすぐ兄の一周忌だから心が落ち着かないのかもしれない。

 

そのせいかお盆明けまったく仕事にやる気が出ない。今週末は休みを取って北岳に登山行くはずであったが天気がすぐれず諦めておりそれも相まってなんか気持ちが下向きである。9月の山小屋はもう予約でいっぱいだったので10月雪が降っていなければ再度チャレンジである。今日は取引先のオジサマが私が山登りしているので熊よけの爆音が出る装置を売りに来たので買う。このオジサマは何とか我が会社と取引を開始したく足繁く通ってはいるが今年いっぱいで担当を外れて片道切符で福島に転勤になるらしい。定年間際に福島行きである。

 

しかしすこし羨ましくもある。私は人生において一人暮らしも他県暮しもした事がない。定年退職したら僅かな時間でもええから身体がまだ健康なうちに一人暮らしと他県暮しをしてみたいとは思っている。自分の為の自分だけの為の生活とはどんなものだろう。ヨボヨボのお婆さんになってからその生活を手に入れても出来る事は限られている。やはり体が元気に動くうちに一度は一人生活を楽しんでみたいものよ、と人類が滅んで1人だけになった世界で自給自足する生活を妄想する。行き過ぎた一人生活妄想である。せめて他県で一人暮らし妄想に留めておいて欲しいな、私よ。でも自給自足生活妄想楽しすぎるんだよね。

 

ただ妄想しすぎて分かった事があるが、手先が不器用な人間は自給自足生活の場合早々に詰んでしまいそうだということ。テレビで見る自給自足者は大なり小なり色んなものを自分で作り出している。私には到底無理である。この前風の谷のナウシカやってたけど、ナウシカのあの器用さ、憧れるだけ無駄である。私がナウシカだったらメーベェから落下し、剣を使えば自分を切ってしまい、船はうまく操縦できずに墜落させている。

 

妄想の中でも器用な自分を想像出来ない。だから私の自給自足生活は生活に必要な情報を入手するための図書館とその図書館から近いホームセンターで暮らすというチートなものなのだ。定年退職後は、人類が滅びて一人ぼっちになった時のために図書館の近いホームセンターを探す旅に出るのもええかもしれぬな。

 

 

スター古墳とマラ石

先日姉や甥、子供達と明日香に行った。古墳を見るために奈良に行ったのではないが、古墳好きとしては古墳の魅力を伝えたい。という事で古墳に興味の無い人たちをそれなりに満足させる古墳を見せようと、石舞台古墳に目的地設定。明日香に行きましょう?と誘い運転手である事をいいことに半分強制的に明日香に向かったのだ。

 

石舞台古墳は以前息子を連れて来た事があるが、息子がえ?これ前来た時と一緒?人多くね?と驚いている。うむ。たしかに。世界遺産に登録されるとこのような事になるのか。

 

石舞台古墳は石室がむき出しになっており、巨石も見れて石室の中まで入れる見応え抜群古墳である。古墳好きと言っても自覚しているのだ。大半の古墳が見た目ただの小山や林なのだから大体の人が興味をそそられないという事を。それにくらべて石舞台古墳の華やかさよ。古墳界のスターである。

 

その後はもっと古墳や遺跡を紹介したいがここでオタクが欲を出しては行けない。見て面白かったって程度に留めておかないと、次に連れて行く事ができぬからな。それで帰り道にある石の謎建造物を最後に見せて観光はおしまいにしよう、とそこへ寄る。

 

マラ石という石の建造物がフツーに道の傍らにある。しっかり男性器をかたどっていて息子達は男の子の反応らしくバカウケている。男子こういうの好きだと思ったんよ。「昔はね男性器や女性器って再生や農耕の実りへの祈りとかそういう意味があって各地でこういうのはあるんだよ。今でも田の神様に藁で作った男女の営みをしている所を見せる儀式みたいなのも残っていたりするから繁栄への祈りが残ってて面白いね」と話すも誰も聞いていない。ま、いっか。楽しんでくれたら。

 

ちなみに勾玉の形の起源には諸説あるようだが、私は胎児説を押したい。人ってまあまあの割合で流産する。今でこそ人目につかないようになっているが、縄文時代とか流産して出てきてしまった胎児はフツーに衆目の目に留まっていただろう。きっとその当時の人は思ったハズだ。これが人の種、命の起源、不思議な力の宿ったもの。それでその形を象ったのが勾玉だと私は思っている。だからその種を生み出す営みに関連する男性器女性器も今より全然卑猥な意味なく、本当に祈りの対象だったんだろうな、って所まで話したかったけど、やっぱり子供達は聞いて無さそうだったので心で一人解説しといた。

 

キトラ古墳の壁画白虎が今月一般公開されているので本当は今日見たかったのだがお盆休みは見事予約枠が埋まっていた。それを姉に見せようとサイトにアクセスしたらなんと来月は壁画の青龍、朱雀、玄武が全部公開されるらしい。マジか!ぜったい来ないといけないよね?!おねーちゃん!!と興奮して言うも「別に興味無いかな」とツレないお返事。そういう時は必殺自分と自分の中のお友達と行く手段を使って見に行く。つまり一人でも全然行くと言うことだ。前回朱雀の時も一人で見に行ったしな。

 

お盆休みが終わったら心が暗くならぬように、来月の楽しみを沢山作っておこう。楽しみが沢山できますように。マラ石に願いをこめて。

あほむし神になる

夏期休暇1日目は関東のお友達とその息子ちゃんに遊んでもらいその後1人で東京をぶらついて帰った。息子ちゃんのところに懐かしい絵本、腹ペコあおむしがあって、懐かしい〜!!と読んだ。そのばんあおむしはおなかがいたくてなきました、ってハハハ、いまではネットミームになっちゃって。と思ったのが昨日。そして今日は朝からかき氷のおいしい店に行きたい!と朝っぱらからかき氷を食べ、帰ってきて昨日成城石井で買ったスコーンを牛乳と食べると最高なんすよね!ってテレビを見ながら食べるという最高な2日目の出だしを切ったはいいが、「そのひるあほむしはおなかがいたくてなきました」状態に。

 

私は腐ってしょっぱ甘くなった牛乳をそれと知らず飲んでしまい、味変だな?とパックをのぞくと黄色くなっていた事があってもお腹壊すことがないくらいは牛乳に対しては耐性があるのだが、かき氷の冷たさ+たっぷりかかったミルク+牛乳、でさすがに乳脂肪を一気に多く取りすぎたのと冷えのせいで、おしりから水を吐き出すあほむしになってしまった。幼虫がおしりから出していいのはカイコの糸ぐらいだろう!!いや、あれは口から出してるか!!ってどうでもいい思考をしながらトイレで冷や汗をかいている。

 

その後はドラマのシャツが乾くまでにをみながらぐったりする。蒼井優別にすごく好きな女優というわけではないがやっぱり見ていたくなる魅力があるよな〜、あと俳優のなんて人か分からんが蒼井優の演技うまうまに対して、下手すぎんか?と最初は思ったが、いやこれはこれでなかなか味のある人だな〜と思いながら見たあとにぐったり寝てしまった。

 

目が覚めるともう夕方に近い。手がシワシワで口の中の唾液がないしで、腹痛のせいか脱水症状が出ている。慌ててご飯を作りながら水をガブガブ飲む。今日は近くのちっちゃい文化センター的なところでやっているこの地域で発掘された縄文遺物の展示を見に行くはずだったのにもう夕方である。残念。まだ休みは始まったばかりだからいいか。1日くらいはらぺこあほむしになったってあと7日も休みがあるのだから、心の余裕がある。これが最終日だったら蝶になって社畜生活から飛びたくなっただろう。まあいつもそう思っているが。

 

会社でファイヤーした子がいるのだが、仕事まったくやる気ゼロだが仕事をやめないのだ。すごい。大体世の中のお金持ちはすごい。お金持ってる事がすごいんじゃなくてお金持ってるのに働いてるのがすごい。お金持ってるのに人と関わるからすごい。私がお金持ちになったらさっさと仕事をやめ、金にものをいわせて社会との関わりは最小限に抑えるだろう。逆に言うと社会を生きるのに使用するエネルギーさが少ないから私はお金持ちにはなれていないのだろう。始めようと思ったニーサもまた止まってしまった。選択が多すぎて選ぶのがダルスギくんなのだ。

 

以前から「俺、神だから」と冗談を言う息子に「神ならお勉強も運動ももっとできても良さそうなものじゃない?」と言ったら「いや、神とバレるといけないから人間社会で目立たないようワザと凡人以下の能力に抑えてるんだよ」と言って二カッと笑う息子を見てなるほどと納得。それで言うと私も神だったのだな。人間社会を観察するため最小限の関わりで目立たないよう能力は抑えていたのだな、無意識に。観察する必要はあるため能力に見合わない知識欲があるのはそういう事か。私は神だったのだな。しかし神は困った事に人から神に戻る方法をあまりポンコツ能力に抑えた人間設定にしたため忘れてしまった。

 

まあでもきっと130歳で強制解除になるまでのんびり人間社会を楽しもうじゃないの。それにはもう少し社会をイージーに進めるお金と能力があっても良かったと思うが人間社会に与える影響はごく最小限に抑えるのが神としての務めだからな、仕方ない。偉いぞ私。さすが神。

 

そのひるあほむしはかみもうそうしながらおなかがいたくてねむりました。おわり。